・くりえいた〜
・博樹とあずさの日常から〜10−11「プレゼント?」


「うー、寒い」
「もうすぐ年末だもん。寒いよ」
 12月も中旬の休みの日。ふたりが駅へと向かって歩く。今日はふたりそろって仲良くお出かけなのだが、行き先は都心とかではなく、やや離れた場所。大牟田の家へと向かうのだ。
 電車に乗って、数駅いった駅で快速電車に乗り換え。そして、また乗り換えて、山手線を半時計回りにくるっと行き、そこでまた私鉄の電車に乗り換える。そこから数駅いったところに、大牟田とその嫁さんが住むアパートがある。
「こういう時にな、オレはいい所に住んでるとよくよく思うんだよな…」
「うーん…。そうなの?」
「大牟田の場合は、地下鉄に乗り換える必要があるからな…」
 ゲームクリエイターという仕事柄、ラッシュ時間帯に出ることはあまりないのだが、たまにそう言う時間帯に出勤する事になると、それはまたきつい事になる。特に乗り換えとなると大変である。
 大牟田の家までの道のりを、こんなことを話しながら歩く。ちなみに、博樹は何度か大牟田の家へといったことはある。ちなみに、大牟田は結婚してからもそのままの家に住んでいる。
 住宅街の中の、ちょっと小奇麗なアパート。そこの2階の部屋の呼び鈴を鳴らす。ちょっとしてから、大牟田が出て来た。
「よう、来たぞ」
「おう、よく来たな。ん、ちゃんとあずさちゃんも連れて来たな。まぁ上がれ」
「おじゃましま〜っす」
「おじゃましまーす!」
 ふたりが部屋の中に入ると、リビングで大牟田の嫁さん、由里子が愛児を抱いていた。背の高い、すらっとした女性。はっきりいって、大牟田には不釣合いかもしれない。
「ども、由里子さん。お邪魔します」
「いらっしゃい、上川さん。見に来てくださって、ありがとうございます」
「いやいや、こっちもどんな子か楽しみにして来ましたから」
「んで、この子があずさちゃん。博樹の将来のお嫁さんで、婚約者」
「う、うにゅっ! お、大牟田さんっ!」
 大牟田の紹介にいちばん驚いたのがあずさ自身で、顔を真っ赤にする。博樹も、がくしっとなって顔に手を当てる。
「ん? 違ったか?」
「う、うみゅ…。違ってはないけど…」
 あずさが顔を赤くしたまま、困った顔で言う。
「…あずさ。ほら…」
 博樹も微妙な表情をしたまま、あずさの背中をつつく。
「あ、…えーと。はじめまして、三嶋あずさです」
「こちらこそはじめまして。大牟田由里子です」
 さすがは大人の女性。ぺこっとお辞儀をしたあずさの姿を見てくすっと微笑んで、自己紹介をする。
「んで、そっちの子の名前は?」
 博樹が、由里子の抱いている赤ちゃんをのぞき込みながら言う。
「男の子だからな、よしと。おおむた よしと、だ。由里子からひとつとって『由』に北斗の『斗』で由斗」
「ふーん」
「抱いてみる? あずさちゃん」
「え、いいんですか?」
「うん、いいわよ。抱き方はね、…こうやって…」
 由里子が、あずさに由斗を抱かせる。
「わ、かわいーっ!」
 赤ちゃんを抱かせてもらったあずさが、思わず声を出す。
「えへへへー。うりゅーっ」
 あずさが子供をあやす。由斗も、さいしょは「?」という感じだったが、すぐに表情を微妙に楽しそうな感じに変える。この頃の赤ちゃんはまだ表情を読みとるのが難しいのだが、ちょっとした違いでわかる。あずさは、意外とあやすのが上手かもしれない。
「生まれてから1ヶ月…?」
「経った。つい1週間前にな」
 1ヶ月と1週間前。この大牟田と嫁さんの由里子の間にこの子、由斗が生まれた。結婚3年目での待望の第一子である。それだけに、ふたりの喜びも大きかった。


 1ヶ月と1週間前。その日のPAC−2事務所では…。
「う〜む…。…ぬぅぅ〜」
 博樹の隣のブースにいる大牟田が、しきりに唸ったり、トイレに行ったり休憩スペースに行ったりとうろうろして、えらく落ち着きがない。
「なんなんだろうなー、…大牟田のあの落ち着きのなさは…」
 大牟田の姿を見て、博樹がぼやく。
「まるで、高城以上の落ち着きのなさだ…」
 PAC−2の中でもCG担当の高城がいちばん落ち着きがないが(しかし、高城は良くそれでCGの仕事が出来るもんだ)、今日の大牟田はそれ以上に落ちつきがないのである。普段はけっこう落ちついているやつだし、ここまで落ちつきがないというのも異常である。
 よって、第2開発室のメンバーだけでなく、PAC−2の所員全員が異様な目で大牟田を見ている。
「なぁ。大牟田なんだけど、今日はえらく落ち着きがないよなぁ…」
「うーむ。スランプってワケでもなさそうだしなぁ…」
 プログラム担当の山崎が資料を渡しに来たついでに、博樹に話をする。大牟田がスランプになったのは何度か見たことがあるが、大牟田はスランプになると逆に妙に落ちついてしまうやつなので、スランプではないだろう。
「おい、博樹」
「あ、なんでしょう? 社長」
 社長までもが、妙な表情をして博樹に話しかけてくる。
「あの大牟田の落ち着きのなさはなんだ? 朝っからあの調子だが…」
「なんなんでしょうねぇ、ホントに…。私もよくわかりませんが…」
 社長が腕組みをして考える。
「嫁さんとケンカでもしたのか…?」
「ケンカしたって言う落ち着きのなさじゃないでしょう。だいいち、大牟田も嫁さんもケンカなんかしないヤツですからねぇ…」
「ふぅむ…」
 社長と博樹が揃って腕組みをする。む〜とふたりそろって考えたあと、社長が何かを思い出したように口を開く。
「そういえば、大牟田の嫁さん。なんか妊娠してるとか言う話だったな…」
「大牟田はあんまり公言してなかったですけど、そうらしいですね…。あ…」
 博樹も、思い当たる節を見つける。
「…もしかして」
「…うむ。もしかすると…」
『それだ!』
 社長と博樹が声をあわせ指を合わせ、同じ台詞を言う。そして、即座に立ちあがり隣の大牟田のブースへ行く。
 大牟田は、モニタを目の前に下を向いてやっぱり落ち着きがない。いつもはけっこうきれいにしてる割に、空き缶が5個も並べてある。とりあえず社長がブースに入って、博樹はその外から見守る。
「おい、大牟田」
「あ、え、あ、はい?」
 なんか妙にうろたえる大牟田。
「オマエの嫁さん、病院に入院したんじゃないのか?」
「え、あ、う、い、あ、…な、なんで知って…。あ、あう、う、い、いや」
(おー、動揺しとる動揺しとる)
 博樹が苦笑しながら見る。ふと横を見ると、石井、高城、山崎、広川と、第2開発室メンバーが大集合。
「もしかしたら、今日予定日で病院に入ってるんじゃないだろうな?」
 社長がさらに突っ込む。
「なぁ、予定日って何の予定日だ?」
 高城がぼそっという。
「決まってんだろ」
 妻子持ちの広川がそれに答える。
「あー、…なるほど。それでか」
 石井が言い、山崎も納得する。
「えー、えー、あー、と。うー、あー」
「ゴルァ、しっかり答えんかいっ!」
 社長の罵声が飛ぶ。この人、たまに恐い。
「あ、は、はいっ。そのとおりでごじゃいますっ!」
「大牟田って、あんな発言するヤツだったっけ?」
 山崎が、半分呆れ顔で言う。
「相当動揺しとるな…」
 広川がつぶやく。
「だったら、こげなとこ来とらんで、さっさと嫁さんのとこに駆けつけんかぁっ!」
 社長が大牟田の襟首ひっ捕まえて、大牟田のいつもの手荷物もろともブースの外まで引っ張り出す。
「ほれっ! さっさと嫁さんのもとに行きんさいっ!」
 さらに廊下まで引っ張り出して、大牟田のケツを足の裏でぽーんと蹴る。社長の本領発揮である。
 さっきから響いている社長の声を聞きつけて、各部署が顔を出して廊下を見ている。
「生まれたらちゃんと連絡せえよっ! わかったなぁあっ!」
「う、ういぃぃっす!」
 見守っていた各部署の人間が苦笑しながら首を引っ込める。。
 廊下を走ってぴゅーっと出た大牟田を見て、社内に再びいつもの空気が流れ始める。
「まったく。こういう時にまで気を使って会社に出てくんなっつ〜の」
 ふん、と息をついた社長が、くすっと笑う。
「ま、そういうことだ。おまえらも、なんかあったら遠慮なく言えよ。特に博樹ッ!」
「はいっ! 承知しましたッ!」
 博樹はぴしっと敬礼をした。
「なんか、えらく型が出来てるな」
 広川が、またもぼそっとつぶやいた。
 昼を過ぎて午後。3時ごろにPAC−2事務所の代表電話が鳴る。
「はい、PAC−2長崎でございます」
『あー、えーと。第2開発室の大牟田ですが…』
「あぁ、はいはい。大牟田さんか。どーしました?」
『無事生まれましたんで、連絡だけしときますね』
「あら、おめでとうございます。じゃあ、みんなに伝えておきますね」
『あ、すんません。よろしくお願いします』
 電話を受けた外部担当が、各部署へと伝えて回る。
「大牟田さんの赤ちゃん生まれたって、さっき電話ありました〜」
『おー!』
 第2開発室では、その連絡とともに感嘆の声が響いた。
「よし。んじゃあ、大牟田の机にお祝いのメッセージをいっぱい貯めておこう」
 博樹を筆頭とし、第2開発室だけでなく第1開発室、間接担当室(総務、広報、営業担当などのいる所)ほか、バイトなどからもいっぱいのメッセージが、大牟田のブース内に集まって来ていた。


「うりゅー、…あははは」
「うにゃ、うにゃ。かわいいなーっ」
 ということで、今日はその生まれた子を見に来ているのだが…。
「…このふたりに子供が出来たら、ホントに愛情いっぱいに育てられそうだな…」
「…そうね。私もそう思うわ…」
 大牟田と由里子が、半ば呆れ顔でふたりを見る。さっきから由斗にずーっと付きっきりで、ふたりしてあやして遊んでいるのである。
「博樹お兄ちゃんも、赤ちゃん抱くのけっこう上手だね」
「あぁ、ウチの兄貴の子も、去年生まれたからなぁ。そんときに教えてもらった」
 ふたりして遊んでいる間に、由斗のほうも眠ってしまった。このころは、まだ寝る時間のほうが多い頃である。
「寝ちゃった。かわいいな〜」
「うん。すっごくかわいい…」
 由斗を下ろして、ふたりで寝顔をのぞく。博樹があずさに言う「かわいい」とはまた違う、かわいらしさ。
「そんなにかわいいかわいい言ってくれると、すごくうれしいな」
「そうか?」
「あなたたちも、親になればわかりますよ」
 由里子が、博樹とあずさを見てにこやかに笑う。
「ふたりも、早く子供作ったらどうだ? ふたりなら、すごくいい子に育つと思うぞ」
 大牟田の発言に、ふたりして赤くなる。特に、あずさは耳まで真っ赤。
「…でも、まだ無理だなぁ…」
「そうか? まぁ、社会的には難しいと思うが」
「生物学的にも、まだちょっとな…」
 博樹が、意味深な発言をする。
「生物学的? …あぁ、なるほどね…」
 大牟田がうなずき、由里子も深くうなずく。
「ふにゅ? 生物学的?」
 あずさだけ、首をかしげる。
「…ってことは、いつも中出しなのか?」
「おまえなぁ、突拍子もない発言をするなよ」
 博樹が脱力する。大牟田の今の言葉で、あずさも「生物学的」の意味を理解してまた顔を赤くする。
「…そろそろだとは思うんだけどなぁ…」
 博樹がぼそっとつぶやいた。
「わたしたちも、もういっかい中出しする?」
「ぐほっ!」
「ブッ!」
「うにゅっ!?」
 由里子の突拍子もない発言に、大牟田は咳き込み、博樹は飲んでいた紅茶を吹き出しそうになり、あずさは自分のことのように顔をまたまた赤くする。どうやら大牟田家は、突拍子もない発言をよくするらしい…。
「げほげほ…。ゆ、由里子、…今の発言は…」
「もうひとり欲しいなって、こないだ言ってたじゃない」
「ん、…まぁ、…そうだが……」
 大牟田が困った顔をする。この場でそんなこと言われたら、そりゃ困るよなぁ…。
「もうすぐクリスマスだもんな。初めてのプレゼントを買ってあげるわけだ」
 博樹が話題を振る。
「そうそう。それがよぉ、自分の子にあげるクリスマスプレゼントってのがまたなんか、嬉しいんだよな」
「そうね。私もこんなに嬉しいと思うなんておもわなかったわ」
 大牟田と由里子の顔が親の顔になる。自分たちもこういう顔をする時が来るんだろうなぁと、博樹は傍らのあずさをちらっと見て思った。


 数日後。近づいてくるクリスマスのために、今年もツリーを出したりと博樹とあずさの家でも準備を進めて来ていた。今年は、博樹がPAC−2と仲良くしてもらっている出版社からクリスマス関連のグッズを色々ともらって帰ってきて、部屋の中は去年よりも華やかになっている。
「…あの、…博樹お兄ちゃん」
「ん? どした?」
 そんな日の午後。年明けに出すファンブック関連の仕事があって、昨日の夜に事務所に泊まって、今日の昼、たまたま帰っていた博樹に、あずさがなにやら妙にもじもじした感じで言う。
「あの、…その」
「どうした? なんかあったんか?」
「いや、あの、その…」
 なにか、すごく言いにくそうな感じ。
「その、…来た」
「あん? 来た?」
 来たって、何が来たんだろうかと、博樹はしばらく考える。来た、キタ、きた…。
(キタ――――――――――(゜∀゜)―――――――――――!、なんてあずさは言わんだろうしなぁ…)
 それを言葉でどうやって表現するんだよ…。
「……」
 腕組みしてしばらく考える。ふと、こないだの「生物学的」という台詞を思い出す。
「……。おぉ、わかった。そっか、来たかぁ」
 理解した博樹は、あずさの頭をぽむっと撫でる。
「…えへへ、…ありがと」
 あずさがにこっと笑ってから、すぐに困った顔をする。
「あの、その。それで…」
「あぁ、ちょっと待ってろ」
 博樹がそう言ってから、洗面所へと行き、上の方の棚からちょっと大きめの袋を取り出す。
「ほい、これで一応一通り揃ってるらしい」
「え? …ちゃんと用意してあったんだ…」
「うん、お母さんがちゃんとな。その辺、抜かりはない」
 博樹がにっと笑う。
「年頃の女の子を預けるんだから。きちんとその辺はしてくれてるんだよ」
「そっか、…えへへ。今度、お母さんにありがとうって言っとかないと…」
 あずさがにこっと笑った。
「んで、使い方知ってるか?」
「うん、大丈夫。知ってるよ。…って、博樹お兄ちゃんは知ってるの?」
「いや、すまん。知らん」
 博樹は、苦笑しながら言う。
「まぁ、イザとなったら石浦さんに頼めば、なんとかしてくれるだろうし」
「…そっか。そうだね」
 近所付き合いが希薄になった御時世とは言っても、やっぱり近隣との付き合いはしておくべきものである。とくに、博樹とあずさにとっては、隣の石浦さんの存在はけっこう大きい。
「それはともかく、早く付けてき」
「うん」
 とてとてとて、とあずさがトイレへと向かう。それにしても、初潮よりも初体験の方が先という子も珍しいだろう、と博樹は思う。作者の後藤輝鋭も思う。…たぶん、一般的に考えると。っていうか、そうであってほしいんですけど。…どうなんですか、そこんとこ。年頃のお嬢様方の読者様。
 しばらく経って、あずさが戻ってくる。
「どんな感じ?」
「うにゅ…。微妙」
「ま、すぐに慣れる…と思うよ。よく知らんけど…」
 男にとって、この手の話題はけっこう微妙な話題である…。
「さて、ちょっと買い物行くかな。お赤飯買ってこないとな」
「…うにゅ、…またそんなありがちなことする…」
「いやか? おめでたいときはそうだろ?」
「うーん、…そうだけど」
 あずさが、ちょっと困った顔をする。
「とにかく買い物いこっか。今日はごちそうにしような〜」
 博樹の顔を見て、あずさも心が和んで嬉しくなる。自分の成長を喜んでくれている大切な人ってのも、そうそういないだろう。
「うん、今日はごちそうにしようねっ!」
「よし」
 もうすぐクリスマス。ふたりにとっては、ある種のプレゼントになったのかもしれない。


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