・「くりえいた〜」
・博樹とあずさの日常から〜7−8−2「発売開始イベント」


「疾風のように〜」
「ザブングル〜ザブングル〜」
 PAC−2の事務所。開発の終了した第2開発室からは、えらくのんびりとした空気が流れている。石井の歌う歌に参加しながら、博樹はある点に気付く。
「おい、石井」
「なんです?」
「おまえの『ブングル石井』っていうペンネーム、それから取ったんじゃねえだろうな?」
「あれ? 今頃気付きましたか?」
 石井が、何か間延びした口調で言う。
「オレは、てっきり『葉っぱの会社を退社した2名』が作った公式サイトから取ったのかと思った」
「いや、わたしの方が先でしょう。っていうか、読み方あってるんですか?」
 多分違うと思う。
「ザブングルだとペンネームとして問題ありそうなんで、ザを抜いたんです」
「まさかとは思うが、ほかに候補として『ガンダ石井』とか『石井ジーク』とかあったんじゃないだろうな?」
「そうですね、『石井デオン』とか『ダンバイしいン』とか『マクロ石井ス』なんて、ひねったのもありましたよ」
 がく〜っと博樹の気が抜ける。まぁ、博樹だってそう大した考えもせずに、まんま「カミカワひろ」というペンネームを使っているのだが。
 こうした、妙な空気の流れているPAC−2の事務所。しかしながら、明日はいよいよ発売日。聖地秋葉原において、発売記念イベントが行われるのだ。
「ところで、明日のイベントどれくらい人が集まるんですかね?」
「告知のせいで、だいぶ広まってるらしいしなぁ」
 博樹と石井がちょっと休憩するために、ミーティングテーブルに座る。
「ここまで秋葉原が近いとさぁ、妙な感じがするよな」
 会話を聞きつけて、大牟田がやって来る。
 都内某所。「聖地」から西へほんの1kmほど行った所にある雑居ビルに、PAC−2の事務所がある。ちなみに、博樹とあずさの家からこの事務所までは地下鉄で一本40分。という好立地。さて、ここはどこでしょう? そして、博樹とあずさの家はどこにあるでしょうか? いちばん最初に正解された方にはお好きなキャラクターで後藤が超短編一本書きます(←あんまし本気にせんでください)。
「そうだよなー。よりによって明日土曜日だしなー」
 博樹が何かぼやくように言う。まぁ、土曜日だからこそそういうイベントを繰り広げるのだが。
「徹夜組、まさかとは思うが出てたりしてな」
 高城もやって来て、いつのまにかミーティングテーブルでみんなが話しこみ始める。
「まだ日が高いぞ。まさかなぁ…」
「ただいまぁ…」
 そこに、広報担当宮崎が帰って来る。
「お帰り。打ち合せ?」
「おう、メッセサンリオーさんとの最後の打ち合わせしてきた」
 メッセサンリオーとは、パソコンソフトから同人誌、さらにはパーツなどを扱う秋葉原では有名な店である。実在の店舗などとは一切関係ないと思います。
 宮崎もミーティングテーブルに座り、資料を整理しながら言う。
「そういえば、なんか知らんけど徹夜組の列が出来てたぞ」
『……』
 全員沈黙。そして、一斉に頭を抱える。
「なんでこんな時間から並んでんだよ…」
「なんでも、明日のイベントのためには何を言われようが構わないとかなんとかこうとか…」
 宮崎も呆れ顔で言う。
「もう打ち合わせも終わってるし、明日に備えるだけだしなぁ」
「準備とかは?」
「もうバイトがやったって言ってた。あとは、博樹と大牟田のトークショーに関して詰めといてくれればいいから」
 明日の発売イベントの中で、博樹と大牟田がステージで30分ほどトークをするという企画がある。まぁ、イベントのお約束みたいなもんだが。
「メッセサンリオーの催事場はけっこう広いからな。たいぶ人も入れるらしいけど」
「結構な人が入るんだろうなぁ」
「で、何を話す」
 大牟田。
「まぁ、テキトーに」
 と博樹。
「とまぁそんなところで」
 博樹と大牟田の打ち合わせ。終了。
「…大丈夫なんか?」
『大丈夫だ。普段のオレ達の会話を信じろ』
 ふたり揃ってセリフを言い、ポーズを決める。
「…大丈夫そうだな」
 ミーティングテーブルにいる全員がうなずいた。


「あとかたづけ終わったよ〜」
「おーう、お疲れさ〜ん」
 夕食のあとかたづけが終わったあずさが、エプロンを外して椅子にかけ、リビングでくつろいでいる博樹のそばに座る。
「なぁ、あずさ」
「なぁに?」
「明日のイベント見に来るか?」
「イベント? 発売の?」
「うん。秋葉原のメッセサンリオーであるんだけど」
「行く行く!」
 あずさが瞳をキラキラとさせて言う。さすがだなぁ、この辺は…。
「よし、んじゃあ、オレは準備があって事務所に寄っていくから、あずさは直接秋葉原まで来て」
「うん。わかった」
「そうだな…。地下鉄よりもJRで来た方が楽だろうな…」
「…確か、上野で乗りかえればいいんだよね」
「うん。まぁ、日暮里でもいいんだけどな」
 この辺の話は、わかった人だけわかってください。
「ところで、メッセサンリオーの場所わかるか?」
「わかんない」
「おい」
 あずさ即答。
「…えーっと、…メモメモ…」
 メモ帳に秋葉原周辺図の地図を書く。
「秋葉原駅の電気街口を出てな、中央通りを北へ向かってガーっと行ったら左側にど〜んと建ってるから」
 こういう事をいえるから、トークショーでもアドリブで問題ナシになるんだろうなぁ…。
「…うん、だいたいわかった」
 秋葉原は結構行っているので、あずさもだいたい覚えていたりする。
「そうだな…。10時ごろに来れば、外で待ってるから」
「うん。…ところで、なんでイベントなんかやることになったの?」
「知らね〜」
 エロゲーの発売イベントはあまりやらないみたいだが、今回はなぜかやることになった。しかも、PAC−2としては初の試みらしい。
「まぁ、今回は開発期間も長く取ったし、予定通りの発売になったし、そんだけ気合入れて作ったからなぁ…」
 それだけ力を入れて製作に携わった博樹が、ふうと息をつきながらいう。
「さて、あずさ」
「……。うん」
 じっと博樹の目を不思議そうに見ていたあずさが、こくんとうなずく。
「明日もあるから、たくさんは出来ないけど」
「えへへ、うん」
 ふたりは愛の園へ…(言葉が古い)。


 翌朝。博樹はいつも通り事務所へ出てから、あずさは博樹に言われた通り秋葉原へむかう。
「…秋葉原に来るのも、久しぶりだなぁ…」
 電気街口を出たあずさがつぶやく。うじゃうじゃといる人ごみ。独特の雰囲気。
「…それにしても、相変わらず…」
 そうそう簡単に変わるもんじゃないと思うが…。
 博樹に言われた通り、いつも通りの混雑っぷりを発揮している中央通りを北へ向かってガーっと歩くと、左側にメッセサンリオー本店がど〜んと建っている。文章も博樹の説明通り。
「お、あずさ、いらっしゃい」
 ちょうどいいタイミングで、博樹も姿を見せる。トークショーに出る割に、服装はいつも通りTシャツの上に半袖のシャツを着ただけ。秋葉原に解けこんでいる。
「…やかましい」
「ん? どうしたの博樹お兄ちゃん」
「…いや、なんでもない…」
 スタッフの専用口から裏へ周り、催事場への控え場所に行く。
「お、あずさちゃん久しぶり」
「あ、お久しぶりです、大牟田さん」
 大牟田があずさを見かけて、声をかける。何度か博樹らと一緒に遊びにいったりしているので、PAC−2メンバーの中では、あずさの認知度はけっこう高い。
「…?」
「ん? どうした、あずさ」
「あの人は…」
 あずさの目線の方向にいるのは社長。
「…あぁ、PAC−2の後藤社長だけど…」
「…なんだか、…どこかで見た覚えがあるんだけど…」
 あずさが、頭をひねって言う。
「なんか。どうかしたんか?」
 と、タイミングよく社長登場。
「あずさが、社長をどこかで見たことがあるって…」
「…だろうなぁ。まぁ、そのうちわかるさ」
「なんか知ってんですか? 社長」
「ま、今は秘密。だ」
 ひらひらと手を振って、社長は向こうへと行った。
 11時の開店と同時に、ゲームコーナーに積み上げられたソフトがガンガン売れていく。それとともに、催事場に、なんとも形容しがたい人々がたくさん詰めかけ始める。
「作者だって、人の事言えんよなぁ。大牟田」
「オレらだって、あんまり人の事言えんと思うぞ」
 10分もしないうちに座席は埋まり、立ち見状態になる。
「というわけで、よろしいですか?」
「いいですよ。それで行きましょう」
 司会者との打ち合わせも終わり、いよいよ11時30分からトークショーが始まる。
「…すごい数だな」
「まぁ、そんなもんだろう…」
 ちょっと目を離した隙に、人間がブワ〜っと増えている。
「なんだかなぁ…」
「なんだかなぁ…」
 特設されたステージ脇で、ふたりとも妙なため息。
「では、そろそろ行きたいと思います」
「はい、お願いします」
「よろしく〜」
 司会者がステージへと向かい、会場が妙な盛り上がり方をする。
「よっしゃ、行こうか」
「がんばってきてね、博樹お兄ちゃん」
「おう、まかせろ」
 司会者の紹介とともに、博樹と大牟田が勢い良くステージへと飛び出して行った。


 夕方。会場の撤収作業も終わり、PAC−2のメンバーが一息つく。
「ふ〜…。これでしばらくのんびり出来るな…」
 実はいちばんパワーがあり、設営から撤収までフル回転で活躍した高城が、缶ジュース片手に言う。
「そうだな…。これから夏休みだな…」
 大牟田も、心地よい疲れを感じながら言う。
「おーい、入荷分は完売したってさ」
 そこへ、メッセサンリオーとの挨拶を終えてきた博樹が戻ってくる。
「は?」
「いや、だから、完売」
「へ?」
「完売」
「ほ?」
「…あのなぁ…」
 トークショーはまだ続いているらしい。
「他の店とかをバイトが回ってきたみたいだけど、軒並み完売しちゃってるらしい」
「…初めてだな、そういうことって」
「だな」
 初めて製作総指揮を取った博樹にとっては、うれしいかぎりである。
「社長が、増産をするって決めたらしい」
 と、広報担当宮崎が入ってくる。
「あと、便乗しておもしろいもん作れってさ」
「…はっぱのさおりんみたいな?」
 博樹が聞く。
「社長もそういってた」
「…んしゃあ、じゃあ、一息ついたら作ってみるかぁ」
 博樹がすくっと立ち上がる。
「そうだな。よし、やるぞ!」
 大牟田も立ちあがり、再びポーズを決める。まだ、トークショーは続いているらしい。


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