・「くりえいた〜」
・博樹とあずさの日常から〜7−8「マスターアップ」


 6月中旬。開発中の新作「Present for me」の開発が終了。つまり、マスターアップが完了した。製作は順調に進み、ほぼ予定通りに、マスターアップを迎えることが出来た。
「というわけで、おおかみ班のメンバーを中心に、皆さんお疲れ様でした」
 第2開発室内での開発完了報告は、PAC−2のメンバーのほとんどが出席して行われた。今回の企画原案、そして開発総指揮を行った博樹が真ん中に立って言う。
「えー、開発が終了しても、これから発売に向けた準備、そしてイベント等もあります。これからもがんばっていきましょう!」
 全員が、おう、と返事をして、開発は完結する。この中で、広報担当が話したことによれば、雑誌やインターネット等での前評判はかなり良い、とのことで、これからの活動にも力が入る。
「なぁ、博樹。せっかくだから、今晩打ち上げしようや」
 大牟田が博樹を呼びとめて言う。
「そうだな、せっかくだしな。そうしよう」
 博樹もそれに同意して、第2開発室だけでなく、ほかの部署にも声をかけていく。なかなか出来ない開発の打ち上げ。博樹も何度か経験したが、格別の思いがある。
「…あずさに、電話しとかないといけないな…」
 時間は午後3時過ぎ。あずさも学校を終えてそろそろ帰ってきているだろう。携帯電話で自宅へと電話をかけると、程なくしてあずさが出た。
「はい、上川です。…あ、博樹お兄ちゃん? どうしたの?」
「開発終わったよ〜」
「わ、おめでと。お疲れ様でした」
「うん、ありがと。それでな、今日打ち上げがあるから、帰るのちょっと遅くなるよ」
「はーい、わかりました」
「じゃ、そういうことで」
「うん、楽しんで来てね〜」
 あずさの方もうれしそうな声で、博樹も気分がすご〜く良くなった。


 事務所から程よく歩いた所にある地下鉄の駅の入り口前にあるチェーン店の居酒屋。とりあえず、大人数の入れる場所として予約した所。今回は結局、第2開発室のメンバー全員(博樹、大牟田、石井、高城、山崎、広川)と、ほとんど出ずっぱりで働いてくれたバイト数名。さらには第1開発室の美濃と西川や、総務関係の人員、そして社長と、総勢20名近い人間が集まった。
「博樹。製作総指揮として活躍したんだからもっと飲まんかい」
 と言いながら、社長がガンガン注ぐ。博樹も弱い方ではないので、ガンガン飲む。このペースについていくのが大牟田で、ほかの人間は、それを遠巻きに眺めている状態。
「しかし、おまえも大変だよなぁ。あずさちゃんに気を使いながら開発だもんなぁ、おい」
 酔っ払った大牟田が、このような発言を平気でし始める。
「そうだよー。おめえなぁ、こどもひとり家の中に置いとくのはめちゃくちゃ心配だぞ」
「おめえの場合、ただの子供じゃねえからなぁ、おい」
 何かを知っているような社長が、妙な発言。
「しゃちょ。前から気になってたんですけど、なんか知ってるんですかぁ?」
「…知らんなぁ」
「なんですか、最初の間は」
「気にするな。世の中知ってはならんこともあるんじゃい」
「大牟田ぁ。おま、なんかしゃべったんか?」
「べつに秘守事項でもねーだろが。っていうか、この場でしゃべってる時点でばれてるんだからい〜じゃね〜か?」
 この3人のやり取り。見てておもしろい。
「つまり、上川は女の子と一緒に暮らしていると。まぁ、そういうことだな?」
 3人のやりとりを聞きながら笑っていた美濃が言う。
「そういうことだ」
 博樹も、あっさりとそれを認める。
「で、そう言う関係だと。ゆーことか?」
 さらに西川が畳み掛ける。
「…その辺は、…オレの口からはどうとも」
「否定しないからな、こいつは」
 大牟田が突っ込む。
「…ただの子供じゃないって言ってたよなぁ…」
 美濃が、さっきの発言を思い出す。
「ふーん、…そうかぁ、…そういうことかぁ」
 その場にいた全員が、ふーんと、うなずく。
「なぁ、西川。今度ロリゲー作らないか?」
「お、いいなぁ。ウチらしくストーリー性の高いやつで作ってみるかぁ」
 美濃の提案に、西川も賛同する。これが、第一開発室の春の新作になるのだが…。
「そのためには、ぜひとも上川に聞き取り調査を…」
「やめーい」
 博樹は、テーブルに突っ伏して嫌がる。
「いいだろーが。普段どんなことやってんだ? ん?」
「いっかいオレ、子供用のドレスとか描いてみたいんだけど、どんな感じなんだ?」
 美濃と西川の激しい尋問。
「いや、…オレ、ドレスプレイはしたこと無いから」
「じゃあ、ほかのはあると」
「いや、ないってば」
「フツーのプレイはした事あるんだな」
「そりゃそうだ…、って、何を言わすんだ」
 美濃と西川と大牟田と博樹の、激しいやり取りはしばらく続く。


「た〜…だいま」
 夜もいいかげん更けて、帰宅ラッシュが終わった頃。博樹も家へとたどり着く。足下は若干おぼつかなく、ふらんふらんとした動きを見せる
「おかえり、博樹お兄ちゃん」
 もう夜も遅くなりつつあるのに、あずさは起きて待っていた。最近は、だいぶ夜も強くなったようだ。まぁ、理由はいろいろとあるのだが…。
「…酔っ払ってる? 大丈夫?」
 博樹のふらふらとした足取りと、ヘロヘロの顔を見て、あずさは心配そうにいう。
「酔っ払ってるけど、…まぁ、なんとか大丈夫…。ちょっと、…飲み過ぎた…」
「…うん、…お酒臭いよ…」
「ご、…ごめんな…」
 あずさが、しょうがないなぁと言う顔を見せて、コンソールボックスの中から胃薬を出す。
「はい、飲んどいた方がいいと思うよ」
「…お、…ありがと」
 リビングに座って薬を飲み、博樹がほっと一息つく。
「…開発、お疲れ様」
「うん、…ありがと」
 あずさに言われると、なんだかすごくうれしい。酔いのまわった頭のせいか、そのうれしさが何倍にもなる。
「久しぶりに騒いだから、…ちょっと騒ぎすぎた…」
「うん、博樹お兄ちゃんがここまで酔ってるのって、初めて見たよ」
 顔が赤くなって、足下もおぼつかない博樹。からだをで〜んと投げ出して、しばらくボーっとしている。
「はぁ…、これからまだ大変だなぁ…」
 ひとり言のように、ぼそっとつぶやく。
「大丈夫? お風呂入ってきたら?」
「…うん、そうだな」
 のそのそっと体を起こし、風呂場へとむかう。と、後ろからあずさもついて来る。
「どした?」
「…わたしも一緒に入るよ。お風呂の中で、博樹お兄ちゃんに倒れられたらたまらないもん」
 博樹がくすっと笑う。
「そっか、ありがと。…でも、…今日はできねえぞ」
「それはわかってるよー」
 あずさも笑う。酒に酔った状態で、風呂の中でやるのは、正直、非常に危ないと思う。
「あずさ」
「なぁに? …ひゃぅぅ! だから危ないってばぁ〜」
 わかってるんだろうか、こいつらは…。


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