・「くりえいた〜」
・博樹とあずさの日常から 〜3−4「年末年始」


「すみからすみまで〜ずずずのずい♪」
「博樹お兄ちゃん、…それ、掃除じゃなくてお風呂の歌だよ」
 あずさが笑いながらツッコミをいれる。
「…あずさも知ってるか、やっぱ」
「子供のころ、よくテレビで見たよ。こどもが歌に合わせてからだ洗ってるやつでしょ」
「そうそう。当時は、なかなか大胆なことが出来たんだがな…」
 なんてことを話しながら、部屋を隅々まで掃除する。今日は12月31日。そう、年末恒例の大掃除。
「いちにでウォッシュ♪ さんしでウォッシュ♪」
「もういいってば」
 しつこく歌いつづける博樹に、あずさは苦笑しながら言った。
「じゃあ、…掃除の歌ってなんかあったっけ?」
「歌わなくていいよ〜、博樹お兄ちゃん」
「あ、パタパタママなんていう歌があったな」
 話をしつつも、手際良く棚の中を整理して行く博樹。
「…それ知らない」
「…オレが子供のころの歌だからな。知らなくてトーゼンだけど…」
 あまり広くない博樹とあずさの家。簡単に言えば2LDKの賃貸マンション。ふたり合わせて掃除をすれば、あっという間に終わってしまう。
「ねえ、博樹お兄ちゃん」
「んー?」
「いつも、お正月ってどうしてたの?」
 リビングを掃除しながら、あずさが聞く。
「前は実家に帰ったりもしてたけど、ここ最近はずっとひとりだったからなぁ」
「おせちとか、食べてないの?」
「おせちと称して、スーパーとかで煮物とか買って食べてた覚えがある」
「む〜…」
 あずさが腕組みして考え込む。
「どした?」
「わたしも、おせちはさすがに作れないな〜って思って…」
「オレは、売ってあるやつでもいいけど。去年まではどうしてたんだ?」
「おせちっぽいのを、…食べてた気がする」
「そっか。…じゃあ、それっぽいのをふたりで作ってみるか?」
「…うん!」
 掃除が終わってから、午後にふたりで近くのスーパーまで買い物に出る。外はお日様は出ていたが、北風の吹く寒い天気。
「そういえば、お父さんとお母さんは3日に帰って来るんだったな」
「うん。3日間だけ日本にいて、またどこかに行くって」
「…道楽だなぁ…」
 博樹が、遠い目をして言う。
「でもおかげで、…博樹お兄ちゃんと一緒に暮らしてるんだし…」
 ぽっと、あずさの顔が赤くなった。
「半年…、だったな」
「あっ! 言い忘れてた!」
 あずさが、はっとした感じで声を上げた。
「なんだか、もうしばらくって事になるかもって」
「…そっか。…オレは別に、あずさと一生いっしょにいてもいいけどな」
「…うれしいよ、博樹お兄ちゃん」
 あずさが満面の笑みをする。
「手、つなご。博樹お兄ちゃん」
「…そうだな」
 あずさの差し出した小さな手に、博樹の手が軽く握られる。気温が低くて寒いけれど、暖かいふたりの手。
「へへへ」
 少し頬を染めたあずさが、いかにもうれしそ〜、な顔をする。
「あずさ…」
「なぁに?」
「…あやしい」
「だめ?」
「別にいいけど…」
 博樹が苦笑して、つないでる手を自分のコートのポケットに入れた。


「るんる〜ん♪」
「ご機嫌だな、あずさ」
「うん、ご機嫌だよ」
 買い物から帰ってきて、ふたりそろって台所に立つ。今日の晩ご飯の準備とともに、明日のおせちの用意。あずさも博樹も、それなりに料理は得意。
「これはこれでいいと…」
「博樹お兄ちゃん」
「ん?」
「お餅って、あったんだっけ?」
「あるよ。実家から送ってきたのが」
 テーブルの下にあるダンボール箱を引っ張り出して中を開けると、袋の中にお餅がゴロゴロ入っている。
「あれ? 丸餅なの?」
「うん。西日本は丸餅が主流らしいからな。オレも、餅っていうと基本的にこっちだけど」
 白い円盤状の餅を持って、西日本生まれの博樹が言う。
「あずさは、角餅しか食べたことないのか?」
「ううん。前、幼稚園の時には何度か丸餅を作ったけど、最近はずーっと角餅だったから」
 作者も西日本出身なので、餅と言えば丸餅なのだが。
「サ○ウの切餅…」
「鏡餅?」
 あずさが、首をちょっと傾けて言う。博樹がくすっと笑うと、あずさもくすりと笑った。
「張子の虎だとは言え、鏡餅飾るのなんてひとり暮しやってて初めてだぞ」
「ひとり暮しじゃないよ。わたしと博樹お兄ちゃんの、ふたり暮し、だよ」
 あずさが、ちょっとうれしそうに言う。
「…そうだな。わるいわるい」
 ぽむぽむっと、博樹はあずさの頭を撫でた。
「えへへ…」
 頬を染めてうれしそうに笑うあずさはすごくかわいいと、博樹は思った。


 日本レコード大賞も、紅白歌合戦も、その他裏番組もろもろも終わって、もうすぐ日付が変わる時間。
「…今日は、眠くならないんだな」
「うん、新年起きて迎えたいからね」
 いつも10時半ごろに寝ているあずさが、今日はこんな時間でも目はパッチリ。ちっとも眠そうな表情をしていない。
「新年迎えても、何にも変わらない気がするけど」
「…それは言わないでよ〜」
 そう言われると、という顔をしてあずさが言う。もうすぐ、日付が変わる。テレビから、カウントダウンの声が聞こえてくる。
『ごぉ、よん、さん、にぃ、いち』
『ぜろ』
 ふたりの声がハモって、新しい年の始まり。
「あけましておめでとう、あずさ」
「うん、あけましておめでとう。博樹お兄ちゃん」
 ふたりそろって向かい合い、互いに新年のあいさつ。そして。
 ちゅっ。
「…」
「…」
『今年もよろしく』
 軽いフレンチキスのあとのちょっとした沈黙。そして、再び声がハモる。タイミングバッチリの、気のあったふたり。
「…うに、…眠くなってきちゃった」
「…はは、そうだな…」
 新年のあいさつが終わった途端に、とろ〜んと目が垂れて眠そうな表情に一変する。
「じゃあ、おやすみ〜…」
「うん、おやすみ」
 家の明かりが全部消えて、ふたりともゆっくりと眠りについた。
 それで翌日。
「おっはよ、博樹お兄ちゃん」
「おう、おはよ」
「じゃ、改めて」
「ん」
『あけましておめでとう』
 再び、声をハモらせて新年のご挨拶。
「というわけで、正月を満喫しよっか」
「うん!」
 ふたりで作ったおせちをたべて、お雑煮を食べて、こたつにこもって正月番組を堪能する。典型的な寝正月。
「丸餅のお雑煮食べるの、すごく久しぶりだよ〜」
「オレはいつもこればっかだけどな」
「角餅とはまた違うね〜」
 ふたりして、ゆでておいた餅を完全に食べきってしまう。そしておせちも。
「おーい、これ食うぞ〜」
「あう、私にも残しといてよ〜」
 いつのまにか、仲良く取り合い。
「久しぶりに、おせちらしいもの食ったな」
「うん、らしいものね」
 正確には、おせちじゃないんだろう。ふたりとも、認識している。なんせ、おせち料理の中でもふたりの好きなものしか入ってないんだから。
 しばらくふたりで部屋で過ごして、昼前。
「じゃ、そろそろ初詣に行こうか」
「うん、行こ行こ!」
 昨日は手をつないでいたのに、今日は腕にひしっと引っ付いてくるあずさ。晴れてはいるが北風が吹いていて、けっこう寒い。あずさのおかげで、けっこう暖かい感じはするが、博樹には、まわりの人から見たらど〜かと思われるかも、と思った。でも、案外そう言う風には感じなかった。
 家から歩いて10分くらいの所にある、ちょっと小さ目の神社。そこそこの人の入りで、お賽銭箱の前にはちょっと行列が出来ている。
「うっし、今年もこれで始まりだ」
「うん、そうだね」
 パンパンと手を叩いて、しばらくふたりしてじっとお願い事。
「博樹お兄ちゃん、なにお願いしたの?」
「ん? 聞きたい?」
「うん」
 博樹は少し考えて、口を開く。
「お願い事は言うと効き目がなくなるから、言わない」
「あ、ずるいよ〜」
「じゃあ、あずさは?」
「わたしも、お願い事は言うと効き目がなくなっちゃうから、言わないよ〜」
 いたずらっぽい表情をして言う。
「でも、だいたい似たようなもんだと思うけどな」
「うん、わたしもそう思うよ」
 じっとふたりが顔を見詰め合う。そして。
「えへへ〜」
「…はは」
 微笑み合う。気持ちは口に出さないと伝わらないと言うが、このふたりの仲の良さから見ると、たぶんある程度の以心伝心は出来ているのだろう。


 話は突然飛んで1月3日。あずさの親達がつかの間の帰国をする日。
「帰りましたよ、上川さん」
「あ、どうも。おかえりなさい」
 少し白髪の混じった頭と、柔和な顔をしたあずさの父親。
「これ、ヨーロッパ各国のお土産ですので」
 すらっとした感じの、年齢が断定できないあずさの母親。どちらも、少しあずさと似ている。そりゃあ、あずさの親だから当たり前だが。
「それじゃあ、あずさとふたりで晩ご飯作りますから、上川さんはお父さんとゆっくりしていてください。じゃ、あずさ、久しぶりにお手伝いしてね」
「うん!」
 博樹に見せる表情とは少し違う、今日のあずさの表情。久しぶりに親と会うのは、やっぱりうれしいことなのだろう。
「上川さん…」
「はい? なんでしょう」
「…あずさとどこまでいったんです?」
 どかがたごとがた!
「…ど、どこまでって」
「わたしは何も言いませんよ。けれど、9月とはまったく違うものを上川さんとあずさの間に感じただけです」
 博樹は、少し冷や汗をかく。あずさの父親の表情はまったく変わっていなかったが、博樹には少しにやり、とした表情の変化が見えた。たぶん、あずさと心が通じ合っている今の関係を読めてしまったのだろう。
「あずさの表情を見ていると、ちっとも寂しくなさそうですから」
 ちょっとだけ寂しそうな、あずさの父。仲良く夕食の準備をするあずさと母親を、遠い目線で見ている。
「上川さん」
「…はい?」
「最初は半年と言っていましたが、…もうしばらく、あずさを預かってもらえますか?」
「…いいですよ。わかりました」
「…あずさを、よろしく頼みますよ」
「え?」
「…はは、私達の道楽も、上川さんのおかげでまだまだ続けられそうですからね」
 ビールを開けて、あずさの父は言った。


「それじゃあ、またね」
「では上川さん、また留守をお願いします」
「はい、お気をつけて」
「いってらっしゃい!」
 3日後。またあずさの親達は旅行へと出かけていった。この半年はヨーロッパを回っていたらしいが、今度はアメリカ大陸らしい。
「博樹お兄ちゃん」
「なに?」
「お父さんから聞いたでしょ?」
「うん」
「とりあえず、私が小学校を卒業するまでって」
「?」
 博樹が、ちょっと首をかしげる。いや、そこまで具体的な期間は…、と思ったのだ。
「…でも、私は博樹お兄ちゃんとずっといっしょに暮らせる気がするよ」
「…そうだな。オレも、そんな気がする」
 あずさの父親に聞いたことを心の中で反すうしながら、博樹は言った。きっとあずさの父親も、あずさがもう自分たちのものでないことを悟ったのかもしれない。
「博樹お兄ちゃん、改めて、これからもよろしくね」
「うん、オレからもよろしくな、あずさ」


小説のページへ